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Heart is tied

by 遠江 朔鵺



「ただいま帰りました。捲簾、大人しく待ってました?」

 ドアの開閉音とともに落ち着いた声音が響いてくる。
 その音を頭上で聞きながら、捲簾は自分を抑え込む。
 どうして頭上でその音を聞いているかというと、捲簾が低い場所にいるためである。
 椅子に座っているのだ。
 椅子に座っている状態の人間が<大人しく>待っているのは当然なのだが、その状態が実は普通じゃなかった。

「天蓬、さっさと外せ」

 捲簾が苦しげにつぶやく。
 すると天蓬はニッコリと嫌味なくらいの笑みを浮かべて応じた。

「嫌です」
「天蓬」

 捲簾はグッと喉を鳴らす。
 やはり苦しそうだ。

「苦しいですか? 少し緩めてもいいですよ?」
「緩めるんじゃなくて、外してくれ」
「だから、それは嫌です」

 ――ギリ。

 紐の擦れ合う音がする。
 捲簾が力を入れたのだ。
 すると椅子に括りつけられていた腕の勢いで、再び紐がこすれ合った。
 つまり椅子に座った状態でその体を括りつけられているのだ。

 ことの発端は一刻(二時間)前に遡る。
 書類に天蓬の判が必要だったので、この部屋を訪れた。
 すると天蓬はちょうど外出中で不在だった。
 で、何気なく天蓬の部屋を見回してみれば、やはりまた増えているのだ。
 彼の趣味であるアレが。
 崩れるか崩れないかの瀬戸際で積みあがっている本の山の隣に、これまで見たことのない物が立っていた。
 全身白のスーツで固めた白髪に眼鏡の老人。
 所謂<カー○ル・サン○―ス>である。
 どうやら下界からまた本人の意思とは関係なく、連れてこられたのであろう。
(ものに意思があるかはさておき)
 そんな彼を不憫に思い、思わず手を伸ばして撫でたのだがそれが悪かった。
 危うい状態でバランスを保っていたのはその<カー○ル・サン○―ス>も同様だったらしい。
 ガクンと滑ったかと思うと彼は見事に倒れ、横に積みあがっていた本の山ごと崩れ落ちたのだった。

 ――ガラガラ、ガターン!

 激しい音とともに床一面にそれが広がった。
 とはいえ、もともと十分に散らかった部屋だ。
 本の山が倒れたとはいえ、そこだけが汚れたという印象はない。
 月に一度のペースで捲簾が掃除に来ているのだがそれだけでは不足のようで、一向に部屋は奇麗にはならない。
 天蓬自身がきれいにしようとは思っていないから質が悪い。
 どれだけ散らかっていても何がどこにあるか把握していると、天蓬は宣うのだ。

「ヤベッ」

 それでもこの状態はまずい。
 天蓬とて帰って来てこれでは、怒るだろう。
 慌てて片付けようとしたその時、タイミング悪く帰ってきたのが天蓬だった。
 いくら片付いていないとはいえ、本の山が崩れていたらさすがの天蓬も何があったか気づく。
 その顔に笑みを浮かべ近づいてきた天蓬の手には、どこからか持ってきたか太さ1センチはあるかと思われる紐が握られていたのだった。

「……捲簾、一体全体これはどうしたんですか?」
「あぁ……悪い。ちょっとしたトラブルがな」
「僕にとっては今がちょうどそのトラブルなんですけど」

 笑みを浮かべているがそれだけに怖さがある。

「あぁ! <カー○ル・サン○―ス>が!」
「そっちか! ――って<カー○ル・サン○―ス>っつうのかアレ」

 散らばった本に目もくれずに、天蓬が衝撃を受けたのは無残に転がった<カー○ル・サン○―ス>だった。
 そして捲簾は律儀に突っ込み、それと同時に下界の土産の名前を知った。

「捲簾、これはちょっと罰を受けてもらわなければなりませんね」
「いやっ、天蓬さん? ちょっと……」

 そうしてあっという間に今の状態にされたのである。
 両手首がきりきりと痛み、捲簾は顔をしかめる。
 軍人とはいえ痛みに強いわけでもない。
 ただ普段は部下の手前我慢しているのだ。
 けれど今は気心の知れた天蓬しかいないし、この状態にした張本人が彼である。
 多少痛がってもいいだろう。
 けれどもあまり動けば痕が付くし、切れてしまうかもしれない。

 ――疲れた。

 ずっと同じ体制を強いられているので、痺れてきていた。
 なにせ天蓬は捲簾が持参した件の書類に目を向け判を押すと、「提出期限が今日じゃないですか!」と言って出て行ってしまったのだ。
 椅子に括りつけられた捲簾を置いて。
 それからいったいどこで道草を食ってきたのか、二時間も戻ってこなかったのである。
 その間、幸いなことにこの部屋には訪問客が来なかった。
 こんなみじめな格好は誰にも見せられない。
 部下はもちろんこれが悟空や金蝉に見られでもしたら、ずっと揶揄われ続けるだろう。
 西方軍大将が聞いて呆れる。
 そうして首を長くして待っていた捲簾のもとに、やっと天蓬が帰ってきた。
 しかし彼のどこかに火をつけてしまったらしかった。

「それにしてもその姿、結構似合ってますね。そそられるものがありますよ。僕はサドの気などなかったはずなんですけどね」

 何が面白いのかフフンと機嫌も直ったらしく、鼻歌まで歌っている。
 床に転がったままの<カー○ル・サン○―ス>にも目を留めなかった。
 そして天蓬は後ろ手に部屋の鍵を閉めたのである。

 ――この部屋に鍵なんてあったのね。

「天蓬様?」

 完全なる密室だ。
 これでどんなところにでも現れる悟空などが入ってこれなくなったのは良いが、捲簾には嫌な予感しかしなかった。
 天蓬が捲簾にゆっくりと近づいてくる。

「捲簾、僕はもう怒ってませんから。だからそんなに怯えないでください」
「じゃぁ、怒ってないならさ、これ解いてくんね?」
「それはダメです。せっかくですから、もう少し楽しみましょう?」
「……楽しいのはお前だけだろ、これ」

 本当は喚きだしたい衝動を捲簾は堪える。
 障らぬ神に祟りなし。
 いつも笑顔で飄々としている天蓬ほど、怒らせたら怖いのだ。
 それは捲簾の過去の経験が知っている。

「ふふふ。かわいいですよ、捲簾」

 ゆっくりと近づいてきた天蓬は、捲簾の固定された肩を抑えて唇を寄せた。
 捲簾はこれに大人しく応じる。
 くちゅりという舌の重なる生々しい音が聞こえる。
 しばらく呼吸もせずに味わい尽くした天蓬が、ようやく満足したのか唇を開放してうっとりと笑った。
 無論、可愛いと言われて捲簾としては嬉しくないのだが、天蓬はよく捲簾のことをそう形容する。
 そう体格の違わない男同士。
 どう見ても可愛くはないと思うのだが、天蓬は本気らしい。
 別に揶揄う意図はないようで、余計に捲簾は恥ずかしくなる。
 天蓬と捲簾がそういう関係になったのは、意外と自然ななりゆきだった。
 しかし捲簾にとって俄かに信じられなかったのは、自分が女役だということに気付いた時である。
 これまで男を相手にするのは初めてのことではなかった。
 命のやり取りが多いからか、軍人の中にはその手のことを気にならないという者も多い。
 捲簾もこれまで何人か相手にしてきた。
 しかし自分はいつも男役で、相手を押し倒してきた側だった。
 それが天蓬にはすんなりとイニシアティブを取られてしまったのだ。
 これには驚愕した。

 ――が、もっと驚いたのは天蓬相手なら別に嫌じゃなかったってことだ。

 天蓬は嫌味なほど紳士的に捲簾を相手に振舞うが、それが嫌いではなかった。
 その姿が自然と板についているからかもしれない。
 自分が言えば歯の浮くような気障ったらしいセリフも、天蓬にかかれば一流のシェフの料理のようだった。
 だから甘い口づけを落とされてしまえば、抵抗らしいものもできないのだった。

「そういえば、最近ご無沙汰でしたね。遠征に次ぐ遠征で、下界に降りてばかりでしたし。僕は下界でも構わなかったんですけど、捲簾は嫌がりましたもんねぇ。無理強いするわけにもいかないし、正直困りました」
「は? いや、俺は下界だから嫌だったんじゃなくてだな、万一部下に見つかったら示しが付かないからであって」
「もちろんきちんとわかってますよ。……まったく、上官の妻を寝取って左遷させられたくせに、変なところで硬いんだから」
「お前は意外とそういうところが緩いよなぁ」
「そうですか?」

「さてと」と天蓬は腕を組む。

「どう料理しましょうかね」
「やっぱりこのままなわけね」
「当然です。……いつもと違う雰囲気でいいじゃないですか」

 目の錯覚かと思えた。
 天蓬の、眼鏡の奥の瞳が、やけに輝いて見えてくる。

 ――うっ。

 捲簾の喉から不意に異音が漏れる。
 恐る恐る視線を落とせば、あられもしない場所に天蓬の足があった。

 ――ふみふみ。

 痛くはない。
 微妙な力で踏まれているので、けっして痛くはないのだが。
 しばらく放っておいたそこを、いきなり刺激されれば自然と反応してしまうのは当然だ。

「天蓬、あんまりいじくんなって」
「勃ってきましたね」
「って、冷静に言ってんじゃねぇよ。ほんと、これじゃ生殺しだ」

 捲簾の両ひざがモジモジとなるのも仕方のないことだろう。
 なにせ中心にどこかポイントのずれた快感が襲っているのだ。
 そして両腕が動かせないジレンマ。
 もう半ばどうにでもなれという感じがした。
 捲簾の顔が徐々に赤く染まっていく。

 ――とそのとき。

「天ちゃん? 捲兄い、いる?」

 鍵のしまったドアの向こうで、元気の良い少年の声が聞こえる。
 思わず二人は顔を見合わせる。
 そして瞬時に判断した。
 ここは居留守だ。

 ――シーン。

 しばらくの無音の後、金蝉の声がした。
「ふん、留守のようだな」
「あれ? なんか気配があるような気がすんだけど、気のせいかな?」

 ガチャン。

 ドアノブを動かす音がしたが鍵が掛かっているので、開くことはない。

「悟空、他を探しに行くぞ」
「あ、っと金蝉、待ってよ」

 二人分の去りゆく足音に天蓬と捲簾は安堵する。
 そして苦笑を漏らした。

「鍵、閉めておいて正解でしたね」
「ばか。あれ、金蝉は絶対に気付いてたぞ」
「でしょうね。後でお礼を言っておかないと。ここのドアなんて、悟空にしてみれば一発で壊されるでしょうからね」

 いつの間にか二人の気分も落ち着いてきたようだ。
 捲簾のものも悟空たちの登場で完全に萎えてしまった。

「はぁ。……せっかく面白かったんですけど、残念です」

 天蓬は飽きてしまったかのように、シュルリと捲簾を拘束していた紐をほどく。
 やっと自由になった腕を伸ばしたりしている捲簾に、天蓬は笑いかける。

「今夜、楽しみにしておいてくださいね」
「おいおい」

 久しぶりに愛しのベッドでゆっくり眠れると思っていたのに。
 それは叶いそうもないなと捲簾は思ったが、それと同時にどこか肌が泡立つような気配もあったのだった――。

【END】
 

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