by 來花
*最湯記設定
*陸央は捲簾と一緒に戦場カメラマン(not公式)
「大将、二日前に実家の方から連絡あったみたいッスよー?」
「おー、後でかけとくわ」
激戦区からそこそこ平和な市街地に戻ってきて一か月ほど滞在する予定のホテルの一室に入るとフロントでいろいろ話しこんでいた俺の助手(勝手についてきた)陸央が戻ってきてそう言った。いうには緊急を要する電話らしく、まだまだくたばりそーもねぇうちの親父が死んだのかと思ってゆっくりとロビーに行った。まぁ、当分くたばらねぇだろ。
「もしもーし」
「え、あっ…捲簾さんですか? どうしたんです、こんな時間に」
日本との時差は4時間30分だそうだ。俺らのいる国の方が遅いから…。
「わりぃ、そっちは夜中だったな」
「えぇ…皆さん就寝する時間です」
電話口に出た八戒の声も眠そうで、明日の朝にでもかければよかったかと頭を掻いた。
「あのさぁ、二日前に俺に電話してきた用事って何?」
まぁ、急ぎだって聞いたからとりあえず聞いてみるか。
「え? 僕の知る限りではだれもかけていませんよ?」
思考が一瞬止まった。だけど俺にかけてきそうな人物を一人思い出す。
「天蓬、起きてるか?」
きっとかけてきたのはこいつだ。
電話をかけてきたのなら緊急にではないにしろ何か俺に用があるはずなんだろうから。
「先生…ですか? いえ、今日はお姿を一度も見てないですし…お部屋の電気は付いていないようですから…」
「悪いけど、たたき起こしてくれる?」
「はい、わかりました…少しお待ちくださいね」
そう言ってから八戒が受話器をそのまま置いて二階へと上がっていく音が聞こえた。うち、まだ黒電話だからはえーとこ新しいやつ買ってやんなきゃなぁ…。
なんてぼんやりと思っていたらドタドタとうるさい足音が聞こえてきて後ろから八戒の『夜中なのですから、静かにしてくださいよ』なんて聞こえてきた。
「捲簾ですか?!」
「おー…お前声デカイ、もっとトーン落とせ」
「じゃあ、僕は寝ますからね? 煩くしないでくださいよ?」
「あ、はい…分かりました。お休みなさい」
どうやら八戒は寝るようで天蓬が少しひそめた声で話を始める。
「捲簾…どうしましょう…僕スランプみたいなのです、続きが書けなくて…永繕は待ってくれるのですけどね? あとひと月はあるからって…でもどうやっても文章が出てこなくて」
「おー…今は何書いてんの?」
寝起きの掠れた声には焦りが滲んでいて、天蓬にしちゃ珍しいなって素直に思った。
「……殺人鬼シリーズです」
『殺人鬼シリーズ』とは天蓬が書く小説でいろんな性癖を持った連続殺人犯たちそれぞれが主人公となる本である。その小説をまとめてどっかの雑誌編集者が言い出したのがきっかけでファンの間にもこの小説を取り扱う側の天蓬や担当の永繕なんかにも、もはや用語として広まっている。確か今回で第9作目らしいが。
「他はサクサク書けたんですけどね、いや、締め切りギリギリでしたけど」
「で、今回の性癖は?」
「……ちょっと電話では言い難いんですよ…」
いつも言えねぇ様な性癖を持たせた主人公の話書いてるじゃねーかよ。
「あの…この前の電話なんですけど…貴方のビザがそろそろ切れるころだと思って電話したんです」
「ん? あぁ、そういやそうだな」
「貴方の事だから次に行かれる国は決まってると思うんですけど、どこの国に行くのかなぁって…」
「次…は北極かな」
「……北極ですか…」
あからさまにがっかりした声が受話器の向こうから聞こえてくる。
「あー…でも今の地域とは温暖差があるから一回帰って準備しねぇとなー」
まぁ、実際半年以上は家に帰っていなかったはずだし一回帰っておいた方がいいだろう。子どもたちに存在を忘れ去られないためにも。
とまぁ、帰ったはいいが…この状況はなんだ。
「捲簾、いい格好ですね?」
ニコニコとペンを握る天蓬が笑っている。
今回はちゃんと時差を考えて夕方に帰って来られるようにしたのに子どもたちは友達の家に泊まりに行っているし、親父は町内会の旅行だそうで。八戒は店番でもういねぇから家にいるのは必然的に俺と天蓬なわけだ。
久しぶりに帰ってきた部屋は少し片付いていて、八戒が片づけたのかと思ったら天蓬が片付けたようだ。道理で本や書類が積み上げられているわけだ。でもまぁ、天蓬にしては布団の敷けるスペースを作るほどに片づけられたという事は褒められるべきであろう。その布団の上に縄で縛られた俺がうつ伏せで転がされていなければ。
今回の性癖は「縄」だそうだ。縄にしか欲情しない男が主人公で、自分が縛られるでもなく、縛るでもなく、縄がただそこにあるだけで興奮するらしい。どんな性癖だ。
だが、その男にも彼女というものができる日があるわけで。好きではあるが欲情できずに行為に移れない。
女は行為をしたがる素振りを見せるが何かいまいち、足りていない。
そう、縄にしか興奮しない性質である男にとって縄が足りない。そのことに気付いた男は女を縛る。女に睡眠薬を飲ませて。
その、女役は俺なわけだが。
「で、これはなんなんだ?」
「高手小手縛りってやつです」
初めてなので少し緩いですけど、と天蓬が付け加え、そしてペンを置く。
「ね? どんな気持ちですか?」
近づいてきた天蓬がしゃがみこんで俺を見下ろす。
「……驚いたけど、お前なら悪くない」
「それは貴方が僕に陶酔しているから?」
髪をつかまれて少し引かれる。頭皮が痛んだ。
「お前の声を聞いたらいてもたってもいられなくなるくらいにな?」
「そうですか、それはよかった」
天蓬が俺の縄をほどいていく。確かに緩かったからかすぐに解けてしまった。
解けないほどにきつく、縄などでは見えないもので俺を縛り付けているくせに。
「じゃあ、次は亀甲縛りに挑戦しましょうかね?」
そう言って微笑む天蓬に口角を上げて応えて見せた。
「それをお前が望むなら」
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